平成19年(行ケ)第10110号審決取消請求事件
主文
特許庁が不服2004-26480号事件について平成18年11月13日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判主文と同旨の判決。
第2 事案の概要本件は,原告兼原告承継人(以下単に「原告」という)及び原告被承継人が,名称を「椅子の背骨支持システム」とする発明につき特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がなされたため,同審決の取消しを求めた事案である。なお,原告被承継人が特許を受ける権利の持分全部を原告に譲渡したことにより,原告被承継人に係る訴訟を原告が承継し,原告被承継人は本件訴訟から脱退した。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件出願(甲第1号証)
出願人:X及びY(原告被承継人)
発明の名称:「椅子の背骨支持システム」
「出願番号:特願平8-507379号
出願日:平成7年8月4日(国際出願)
優先権主張日:1994年(平成6年)8月12日(米国)
(2) 本件手続
手続補正日:平成16年3月16日(甲第4号証)
拒絶査定日:平成16年9月16日
審判請求日:平成16年12月27日(不服2004-26480号)
手続補正日:平成17年1月26日(甲第2号証。以下「本件補正」という。)
審決日:平成18年11月13日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
「審決謄本送達日:平成18年11月28日」
2 特許請求の範囲(1)
審決は,本件補正を却下し,本件特許出願に係る請求項1の発明の要旨を本件補正前(平成16年3月16日付け手続補正後)の特許請求の範囲の請求項1の記載に基づいて認定したものであるところ,同請求項の記載は下記のとおりである。(なお,平成16年3月16日付け手続補正後の請求項の数は20個である。)
「1椅子と共に使用して特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える脊椎支持装置であって,椅子の背部と座部が接する位置に配設される支持部材を有し,前記支持部材は少なくとも天井部,対向側面及び前面を有し,それらが仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持し,前記支持部材は,実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在して,仙骨の残りの部分を支持し安定させ,隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるよう構成された,脊椎支持装置」
(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は下記のとおりである。(なお本件補正後の請求項の数は20個である。)
「【請求項1】椅子と共に使用して特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に対して加える脊椎支持装置であって,椅子の背部と座部が接する位置に配設されかつ着座した人体に直接作用する支持部材を有し,前記支持部材は少なくとも天井部,対向側面及び前面を有し,それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持し,前記支持部材は,実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅と腰骨稜間だけ水平方向に延在して仙骨の残りの部分を支持し安定させ, 腰骨稜を含む隣接する関節組織を椅子に向かって後方に弛緩させるよう構成された,脊椎支持装置。」(下線部が補正箇所である) 。
3 審決の理由の要点
審決は,本件補正に係る,特許請求の範囲の請求項1の補正が,請求項の削除, 特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの)のいずれを目的とするものとも認められず,本件補正は,特許法17条の2第4項に違反するものであるから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項特許法17条の2第4項,159条1項,53条1項は,平成18年法律第55号による改正前のもの。以下同じ)により本件補正を却下するとした上,本件特許出願に係る請求項1記載の発明の要旨を,本件補正前(平成16年3月16日付け手続補正後)の特許請求の範囲の請求項1の記載に基づいて認定し(以下,この要旨認定に基づく発明を,審決に倣って「本願発明」という。),本願発明は,実願平5-63996号(実開平7-30791号)のCD-ROM(以下「刊行物」という)に記載された発明。(以下「引用発明」という)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
審決の理由中,本件補正の適否についての判断に係る部分,並びに本願発明の進歩性についての判断における,引用発明の認定,本願発明と引用発明との対比及び相違点についての判断の部分は,以下のとおりである。本件補正の適否についての判断「平成17年1月26日付けの手続補正(本件補正)により,特許請求の範囲の請求項1は,『椅子と共に使用して特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に対して加える脊椎支持装置であって,椅子の背部と座部が接する位置に配設されかつ着座した人体に直接作用する支持部材を有し,前記支持部材は少なくとも天井部,対向側面及び前面を有し,それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持し,前記支持部材は,実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅と腰骨稜間だけ水平方向に延在して,仙骨の残りの部分を支持し安定させ,腰骨稜を含む隣接する関節組織を椅子に向かって後方に弛緩させるよう構成された,脊椎支持装置』と補正された。
本件補正は,支持部材について補正前には『仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる』であったものを,補正後には『骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる』とする補正を含むものであるが,支持部材により力を集中させる対象として,仙骨の『上方部分』と『上部分』が並列的に記載されているのであるから『上部分』が仙骨上の何れかの部分を意味するとしても『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえず,また『上部分』が仙骨の上下方向の中央よりも上の部分を意味するとしても『上方部分』がそれと同じ部分を意味すると考えるのは不自然であるから,やはり『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえない。そして,図1に図示されているように骨盤16内において仙骨22の上方部分には,腰椎脊椎骨の18の一部(例えば,L-5)が存在するのであるから,少なくとも補正後の『骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分』には骨盤内の腰骨稜間に存在する腰椎脊椎骨が含まれると考えざるをえず,本件補正の前後で支持部材により力を集中させる対象に異なる部分が含まれることになるから,本件補正は,補正前の発明特定事項を限定することを目的としているとはいえない。また,このような補正は誤記の訂正を目的としているともいえないから,本件補正は,請求項の削除,特許請求の範囲の減縮, 誤記の訂正を目的とするものには該当しない。さらに, 平成15年9月8日付け拒絶理由通知書, 及び平成16年9月16日付け拒絶査定において『仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる』という記載が明りょうでない旨の指摘はされていないから,本件補正は明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る)を目的とするものとも認められない。
したがって, 本件補正は,特許法第17条の2第4項の各号に掲げる何れの事項を目的とするものにも該当せず,同法第17条の2第4項の規定に違反するものであるから,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により,上記結論のとおり決定する」
(1) 本願発明の進歩性についての判断
ア 引用発明の認定「原査定の拒絶の理由に引用された本願出願前に頒布された刊行物である実願平5-63996号(実開平7-30791号)のCD-ROM(刊行物)には, 図面とともに次の事項が記載されている。( ア『シートバックに設けられた身長差調整用のスライドレールと, 該スライドレールに取り付けられてドライバーの第3腰椎を支持するための突起部を有するスライド自在の第1の空気枕と,シート座面と該シートバックとの窪みに設けられて該ドライバーの仙骨及び尾骨を支持する第2の空気枕と,を備えたことを特徴とする運転シート。
【実用新案登録請求の範囲】
【請求項1】
イ 【『作用』】人体の脊椎( 頸, 胸, 腰, 仙の各4 部( 図9参照)の前後の湾曲は直立歩行を行う上で合目的であるため, 運転シートにおける姿勢も直立歩行の姿勢に近づけることが最も望ましい。従って,シードバックにより第3 腰椎部分をドライバーに合わせて支持する必要がある。しかし,シートバックに掛かるドライバーの上体の体重(垂直方向の荷重) は,脊椎だけでなく仙骨部及び尾骨部にも掛かっており, 仙骨及び尾骨付近の筋力が上体の体重を下回って体重を支えきれなくなり, シートとシートバックの窪みの空間に仙骨部がはまってしまい上記の様な従来の問題が発生するが, 仙骨部及び尾骨部を支持する事により仙骨部及び尾骨付近の筋力を補助し,脊椎を直立歩行の姿勢に近づけることができる。』(段落【0012】~【0014】)
ウ 『図1 は本考案に係る運転シートの実施例を示した外観斜視図であり, 図中,1はシート,2はシートバック,3はシートバック2の上部に取り付けられたヘッドレスト,4はシートバック2に埋め込まれて取り付けられたスライドレール,5はスライドレール4に取り付けられた腰椎部保護用の空気枕(第1の空気枕),6はシート1のシート座面とシートバック2との窪みに設けられた仙骨及び尾骨部保護用の空気枕(第2の空気枕),7は空気枕5の空気圧を検出するために空気枕5の裏側に設けられた圧力センサ,8は空気枕6の空気圧を検出するために空気枕6の裏側に設けられた圧力センサ,9は空気枕5,6に空気圧を供給する為のエアポンプ,10はエアポンプ9に接続されたパイプ,そして11は空気枕5,6の空気を抜き出す為のリリースソレノイドバルブである。
尚,圧力センサ7及び8は少なくとも一方が設けられていれば良い。』(段落【0019】)
エ 『この図4に示す如く, 空気枕6の下側には取り付けステイ18 が設けられており, 同図(c)に示すように空気枕6をシート1とシートバック2との窪みに設けるとき,取り付けステイ18 をシート1に設けた取り付けプレート19 によりネジ止めして固定できるようになっている。
この場合の空気枕6 は図示の如く楕円形に膨らんだ形状とすることが望ましく,この形状により仙骨及び尾骨部分はシート1 とシートバック2 の窪みにはまり込み支持される状態となる。』( 段落【0028】,【0029】)
オ 図4(c)には, 仙骨及び尾骨部保護用の空気枕は上面の位置からシート座面に向かって垂直下方に延在し, 仙骨及び尾骨部保護用の空気枕の下方はシート座面まで設けられることが図示されている。(カ) 図1, 及び図4(a)(b) には, 仙骨及び尾骨部保護用の空気枕が水平方向に延在することが図示されている。
これらの記載事項及び図示内容を総合すると,刊行物には,『運転シートに備えられたドライバーの仙骨及び尾骨を支持する仙骨及び尾骨部保護用の空気枕であって, シート座面とシートバックとの窪みに設けられる仙骨及び尾骨部保護用の空気枕を有し, 仙骨及び尾骨部保護用の空気枕は楕円形に膨らんだ形状を有し, 仙骨及び尾骨部保護用の空気枕はドライバーの仙骨及び尾骨を支持し,仙骨及び尾骨部保護用の空気枕は上面の位置からシート座面に向かって垂直下方に延在し,かつ水平方向に延在して構成された仙骨及び尾骨部保護用の空気枕』の発明(引用発明)が記載されていると認められる。」
イ 本願発明と引用発明との対比「そこで,本願発明と引用発明とを対比すると,後者における『運転シートに備えられた』が, その機能・構造等からみて前者における『椅子と共に使用して』に相当し, 以下同様に『シート座面とシートバックとの窪みに設けられる』が『椅子の背部と座部が接する位置に配設される』に『仙骨及び尾骨部保護用の空気枕』が『支持部材』に,それぞれ相当する。
また,後者の『ドライバーの仙骨及び尾骨を支持する仙骨及び尾骨部保護用の空気枕』は,ドライバーの仙骨及び尾骨を支持することによってドライバーの仙骨及び尾骨に支持圧力を加えることは明らかであり, 前者の『特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える脊椎支持装置』とは『特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える脊椎支持装置』という概念で共通しているといえ,さらに,少なくとも脊椎の仙骨部に支持圧力が加えられるのであるから,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持しているということができる。
また,後者の『仙骨及び尾骨部保護用の空気枕は上面の位置からシート座面に向かって垂直下方に延在し,かつ水平方向に延在して』と『支持部材は, 実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し, かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在して』とは『支持部材は, 上方のある位置から座部に向かって垂直下方に延在し, かつ水平方向に延在して』という概念で共通している。
したがって,両者は,『椅子と共に使用して特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える脊椎支持装置であって,椅子の背部と座部が接する位置に配設される支持部材を有し, 支持部材が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持し,前記支持部材は, 上方のある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ水平方向に延在して構成された,脊椎支持装置』の点で一致し,以下の点で相違している。
[相違点1]本願発明では,脊椎支持装置は脊椎の仙骨部に特定の支持圧力を加えるものであるのに対し,引用発明の脊椎支持装置も脊椎の仙骨部に特定の支持圧力を加えるものではあるものの,特定の支持圧力を加えるのが脊椎の仙骨部だけでなく脊椎の尾骨部にも加えるものである点。
[相違点2]本願発明では,支持部材は少なくとも天井部,対向側面及び前面を有するのに対し,引用発明では,支持部材は楕円形に膨らんだ形状であり,天井部,対向側面及び前面を有するか否かが明確でない点。
[相違点3]本願発明では,支持部材は,実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在しているのに対し,引用発明では,支持部材は,上方のある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ水平方向に延在しているものの,上方のある位置が仙骨基線のレベルにある位置か否かが明確でなく,かつ水平方向に延在しているのが実質的に仙骨部の幅だけであるか否かが明確でない点。
[相違点4]本願発明では,支持部材は仙骨の残りの部分を支持し安定させ, 隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるよう構成されているのに対し,引用発明では,そのように構成されているか否かが明確でない点。
ウ 相違点についての判断「まず,相違点1について検討する。本願の発明の詳細な説明には, 仙骨と尾骨に関して『仙骨22 の下方には, 尾骨24 が位置する・・・中略・・・老人においてはこの小さな尾骨は,実際には,一緒に溶け合って一つとなり仙骨の一部になると考えられる。』(明細書第10頁第20~23行)と記載されており,また,本願の図1,4,6,9には,脊椎の仙骨に特定の支持圧力を加える支持部材の下方は椅子の座部まで設けることが図示されている。
そして,図1 には椅子の座部付近には尾骨が存在することが図示されており, 少なくとも支持部材であるブロック部材44 は仙骨22が存在する部分のみならず尾骨24 の一部が存在する部分まで垂直方向に延在していることが図示されている。そうすると, これらの記載事項や図示事項を参酌すると, 本願発明では特定の支持圧力を加えるのが仙骨部だけであり尾骨部には特定の支持圧力を加えていないとまではいえないから, 仙骨部だけでなく脊椎の尾骨部にも特定の支持圧力を加える引用発明の脊椎支持装置との間に実質的な差異があるとはいえない。
次に,相違点2について検討する。
本願の発明の詳細な説明には, 支持部材の形状に関して『図3に示すように, 剛性仙骨支持部44には, 後面54,天井面56 及び全体的に番号58 が付された前面すなわち前方面が含まれる・・・中略・・・重要なのは, 前面すなわち前方面58 によって, 仙骨領域において・・・中略・・・圧接状態が実現することである。これによって,仙骨に局部的に力が加えられ, 最も好適な例としては, 比較的に大きな力が仙骨の仙骨基部に付加される。』( 明細書第14頁第1~10行)と記載されており, この記載事項を参酌すると, 本願発明において仙骨部に特定の支持圧力を加えているのは, 支持部材の前面であるといえる。一方引用発明では支持部材は楕円形に膨らんだ形状となっているが,仙骨部に特定の支持圧力を加える面を有することは明らかであり, 特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える面を有する点では両者の支持部材に差異はないのであるから, 特定の支持圧力を加える面以外の面をどのような面とするかは当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない。
次に,相違点3について検討する。引用発明の支持部材は,ドライバーの仙骨及び尾骨を支持するためのものであり,支持されるドライバーの仙骨及び尾骨に支持部材の位置や大きさ等を合わせるようにすることは当然考慮されるべきことであるから, 尾骨よりも上方に配置されかつ尾骨よりも幅の広い仙骨に合わせて支持部材の上方の位置や水平方向の幅を決定するようにすることは当業者であれば適宜なし得る設計的事項にすぎない。そして, 上方の位置を仙骨に合わせる際には, 仙骨上部の形状等を考慮して仙骨基線のレベル等の仙骨が幅方向に確実に存在するような位置に合わせるようにすることも当業者であれば格別困難なくなし得ることである。したがって, 引用発明に基づいて上記相違点3 に係る本願発明の発明特定事項とすることは当業者であれば容易に想到し得ることである。
次に相違点4について検討する。
ところで,本願発明の『仙骨の残りの部分』が仙骨のどの部分であるのかが, 発明の詳細な説明を参酌しても必ずしも明確でないが, 本願発明では『実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し, かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在して,仙骨の残りの部分を支持し安定させ, 隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるよう構成され』ているのであるから『実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在』することによって『仙骨の残りの部分を支持し安定させ, 隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるよう構成され』ていると考えざるをえない。そうすると,上記相違点3 についてで検討したように,引用発明に基づいて上記相違点3 に係る本願発明の発明特定事項とすることは当業者であれば容易に想到し得ることであり,結果として,引用発明も実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在することとなるのであるから,引用発明に基づいて上記相違点4に係る本願発明の発明特定事項とすることは当業者であれば容易に想到し得ることであるといわざるを得ない。
また,本願発明の効果について,全体としてみても,引用発明に基づいて当業者が予測し得る範囲内のものにすぎない。」
エ 審決の「結び」「以上のとおり,本願発明は,引用発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない」。
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
審決は本件補正の適否についての判断を誤って本件補正を却下し取消事由1
その結果,本件特許出願に係る発明の要旨認定を誤ったものである。仮に,本件補正の適否についての判断に誤りがないとしても,審決は,本願発明の進歩性についての判断において本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り取消事由2,相違点2~4 についての判断を誤り(取消事由3~5 ,本願発明の顕著な効果を看過した(取消事由6)結果,本願発明が,引用発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと誤って判断したものである。1 取消事由1(本件補正の適否の判断の誤り)
(1) 本件補正に係る特許請求の範囲の請求項1の「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載部分は「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上方部分に沿って力を集中させる」の誤記であって,このことは,本願明細書の以下の記載によって明白であり,本件補正は,補正前の「仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」との規定を限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正であることが明らかである。
(2) すなわち,本願明細書(甲第1号証)には,以下の記載がある。
ア 「腰椎の脊椎骨の下には,仙骨があり, その下には尾骨を形成する複数の骨が存在する。この仙骨の上方の3分の1は仙骨基部となるべき領域である。」(10頁17~19行)
イ 「本発明は, 通常の立ち姿勢において見られる背骨形状に類似の着座の際の背骨の形状を達成するための, 背骨の腰椎の脊柱前わんを支持する方法及び装置に関する。これは, 部分的には,しっかりと着座している人の骨盤を, 着座中に良好な背骨姿勢を維持するための位置に配置することによって達成される。第1に仙骨それ自体は,仙骨をその背面に沿って配置させることによって,適切に位置決めされなければならない。これは,仙骨の背面,特に仙骨の上方3分の1の領域,すなわち仙骨の基部にわたって直接圧力を加えることによってなされる。
第2に,そのような装置に及ぼす仙骨圧力によって発生した力を, 椅子の表面を横切って前方への,または仙骨支持部から離れる方向への,または支持力から離れる方向への人の動きを防止するため,摩擦,重力その他の機械的手段によって食い止めなければならない。」(13頁15~25行)
ウ 「ブロック部材44は, 局部的に圧力,すなわち所望の支持及び補正力を直接仙骨に付加するため,剛性構造として設計されている。最も好適な実施例においては,この力は仙骨の上方3分の1,すなわち仙骨基部に集中する。種々の実施例のそれぞれにおいては,しかし,特定の圧力すなわち力を仙骨上にまた仙骨に沿って集中させるように,すなわち,背部すなわち後方部の他の部材との関連で,特に背骨柱に近接する組織との関連で狭い通路に沿って特定の力を集中させるように,ブロック部材44が力を付加するように設計されている。」(19頁24行~20頁2行)
(3) 上記(2)で摘記した本願明細書の各記載によれば,本件特許出願に係る発明が,通常の立ち姿勢における背骨形状に類似の形状を着座時においても達成するため,仙骨の背面,特に仙骨の上方3分の1の領域である仙骨基部に直接圧力を加える発明であること,本件補正に係る特許請求の範囲の請求項1に規定された「仙骨の上方部分」とは,仙骨上であってその上方3分の1の部分を含むものであること, ブロック材44は,局部的に所望の支持及び補正力を直接仙骨に付加するものであり,最適の実施例では,直接仙骨の上方3分の1の仙骨基部に集中し,また,種々の実施例では,仙骨上又は仙骨に沿って集中するものであること,そして,本件補正に係る特許請求の範囲の請求項1の「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との規定は,補正前の「仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」との規定を限定したものであって「上部分」は「上方部分」の誤記であることが明らかである。
しかるに,審決は,上記の明白な誤記を看過し,本件補正に係る特許請求の範囲の請求項1において「上方部分」と「上部分」とが並列的に記載されていることを根拠として,「仙骨の上方部分」が仙骨上ではない,それより上方の部分を意味し, 腰椎脊椎骨が含まれるとした上,本件補正の前後で,支持部材により力を集中させる対象に異なる部分が含まれるので「本件補正は,補正前の発明特定事項を限定することを目的としているとはいえない」と判断したものであり,明らかな誤りである。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)
(1) 審決は,本願発明と引用発明との対比において,「後者(判決注・引用発明)の『ドライバーの仙骨及び尾骨を支持する仙骨及び尾骨部保護用の空気枕』は,ドライバーの仙骨及び尾骨を支持することによってドライバーの仙骨及び尾骨に支持圧力を加えることは明らかであり,前者(判決注・本願発明)の『特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える脊椎支持装置』とは『特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える脊椎支持装置』という概念で共通しているといえ,さらに,少なくとも脊椎の仙骨部に支持圧力が加えられるのであるから,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持しているということができる」とした上,これを前提として,本願発明と引用発明とが「椅子と共に使用して特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える脊椎支持装置であって,椅子の背部と座部が接する位置に配設される支持部材を有し,支持部材が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持し,前記支持部材は,上方のある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ水平方向に延在して構成された,脊椎支持装置」である点で一致すると認定したが,以下のとおり誤りである。
(2)すなわち,本願明細書には,以下の記載がある。
ア 「ブロック部材44 を使用することによって得られる好適な効果は, 近接する柔軟組織に影響を与えるような圧力を加えることなしに, 仙骨に対して充分な力または圧力を与えることができることであり,さらに,骨盤の回動の際に所望の制御を得ることである。」(16頁24 ~27行)
イ 「仙骨支持ブロック44 は, 使用者の背の幅広の部分を横切って延長されてはいない。同様に, 仙骨支持ブロック44は, 椅子の背部の幅広の部分を横切って延長されてはいない。むしろ, 仙骨支持ブロック44 によって, 比較的狭い帯域に沿って圧力すなわち力が集中され,これによって, 比較的狭い領域に対して所望の力が別々に適用され,支持される。」(20頁23~27行)
(3) 本願明細書の上記(2)の各記載及び上記1の(2)のウの記載のとおり,本願発明において,ブロック部材44は,その支持及び補正力を仙骨上又は仙骨に沿って, 最も好ましくは仙骨基部に集中することにより,近接する柔軟組織に影響を与えるような圧力を加えることなく,仙骨に対し十分な支持力及び補正力を付与することができるものである。そうすると,本願発明の「前記支持部材は少なくとも天井部,対向側面及び前面を有し,それらが仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持し・・・隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるよう構成された」との構成は,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させて脊椎の仙骨部を支持することにより,隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるものであることが理解される。
「隣接する関節組織」とは,仙骨に直接又は間接につながる骨,軟骨,靭帯,腱, 筋肉,神経等のすべてを含む組織であって,仙骨に比較的近い範囲内のものであり, 主として下方背部から腰部に位置するものを意味している。例えば,仙骨に直接につながる骨・軟骨としては,第5腰椎,第5腰椎と仙骨基部との間にある椎間円板, 左右の腰骨(腸骨)が挙げられる。しかるところ,自動車等のシートに着座した際, 仙骨は,頭部を支える脊椎を通じて上半身の体重の多くを受け,後方向への力を受けるのに対し,左右の腰骨は,座席の背部から反対方向の反力を受け,その結果,仙腰関節には,せん断力や曲げモーメントが作用し,そこにストレスが生ずる。脊椎についても同様に,着座により,立ち姿勢のときの平衡状態から変化して,過度の曲げモーメントが発生し,椎間円板に過度のストレスが生じる。本願発明は,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより,より好ましくは仙骨の上方部分上又は上方部分に沿って力を集中させることにより「隣接する関節組織」を椅子に対して弛緩させるもの,すなわち,左右の腰骨,堆間円板等の「隣接する関節組織」が着座によって受ける力を弱めるものであり,そのことによって,通常の立ち姿勢においてみられる背骨形状に近い背骨形状を着座時に達成して,骨格,筋肉,神経等に過度のストレスが生じないようにし,かかるストレスから生じると考えられる痛み等のトラブルを防ぎ,快適な長時間の着座を可能とするという顕著な効果を奏するものである。したがって,本願発明において,仙骨上又は仙骨に沿って付与される力の集中と,隣接する関節組織の弛緩は,本願発明の課題を達成する上で, 密接で不可分の関係にある。
これに対し,引用発明は,第1の空気枕5がその突起部によりドライバーの第3 の腰椎を支持し,第2の空気枕6が仙骨・尾骨部を支持することにより,体重による仙骨及び尾骨部分の圧迫防止と,脊椎の伸展を可能とするものと認められるが,刊行物には,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中すること,隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させることについて記載や示唆は一切なく,刊行物の図1,4に示された第2の空気枕6の横長の楕円形に膨らんだ形状からみて,本願発明のように,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中して,隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生じるものではない。
そうすると,引用発明における「仙骨・尾骨の支持」と,本願発明における「仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させること」とでは,それぞれの技術的意義が異なるものである。したがって,審決が,引用発明が「少なくとも脊椎の仙骨部に支持圧力が加えられるのであるから,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持しているということができる」とした上,本願発明と引用発明とが「支持部材が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させること」で一致すると認定したことは誤りである。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)
(1) 審決は,その認定に係る本願発明と引用発明との相違点2である「本願発明では,支持部材は少なくとも天井部,対向側面及び前面を有するのに対し,引用発明では,支持部材は楕円形に膨らんだ形状であり,天井部,対向側面及び前面を有するか否かが明確でない点」につき,本願明細書の「図3に示すように,剛性仙骨支持部44には,後面54,天井面56及び全体的に番号58が付された前面すなわち前方面が含まれる・・・重要なのは,前面すなわち前方面58によって,仙骨領域において・・・圧接状態が実現することである。これによって,仙骨に局部的に力が加えられ,最も好適な例としては,比例的に大きな力が仙骨の仙骨基部に付加される。」(19頁7~16行)との記載を引用した上「この記載事項を参酌すると,本願発明において仙骨部に特定の支持圧力を加えているのは,支持部材の前面であるといえる。一方引用発明では支持部材は楕円形に膨らんだ形状となっているが,仙骨部に特定の支持圧力を加える面を有することは明らかであり,特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える面を有する点では両者の支持部材に差異はないのであるから,特定の支持圧力を加える面以外の面をどのような面とするかは当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない」と判断したが,以下のとおり,誤りである。
(2) すなわち,本願明細書には,審決の引用において省略された部分を含め,以下の記載がある。「重要なのは,前面すなわち前方面58によって,仙骨領域において,具体的にはその後方面に沿って,背骨に沿ったブロック部材44 は, 比較的狭い側面から側面への通路に沿って圧接状態が実現することである。これによって,仙骨に局部的に力が加えられ,最も好適な例としては,比例的に大きな力が仙骨の仙骨基部に付加される。」(19頁12~16行)
(3) 上記(2)の記載のとおり,本願発明は「前面すなわち前方面58によって」仙骨領域において,その後方面に沿って,背骨に沿ったブロック部材44が,比較的狭い側面から側面への通路に沿って圧接状態が実現するものであり本願発明は, このことにサポートされて「前記支持部材は少なくとも天井部,対向側面及び前面を有し,それらが仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持し・・・隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」と構成されているものである。したがって,本願発明における「天井部」,「対向側面」及び「前面」は,力を仙骨上又は仙骨に沿って集中させて仙骨部を支持することにより,隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生じるための必須の構成要件である。
これに対し,上記2のとおり,引用発明は,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中して隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生ずるものではないから引用発明の楕円形に膨らんだ形状」の支持部材から「天井部」,「対向側面」及び「前面」を形成する動機付けは存在しない。したがって,審決が「特定の支持圧力を加える面以外の面をどのような面とするかは当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない」とした判断は誤りである。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)
(1) 審決は,その認定に係る本願発明と引用発明との相違点3である「本願発明では,支持部材は,実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在しているのに対し,引用発明では,支持部材は,上方のある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ水平方向に延在しているものの,上方のある位置が仙骨基線のレベルにある位置か否かが明確でなく,かつ水平方向に延在しているのが実質的に仙骨部の幅だけであるか否かが明確でない点」につき「引用発明の支持部材は,ドライバーの仙骨及び尾骨を支持するためのものであり,支持されるドライバーの仙骨及び尾骨に支持部材の位置や大きさ等を合わせるようにすることは当然考慮されるべきことであるから,尾骨よりも上方に配置されかつ尾骨よりも幅の広い仙骨に合わせて支持部材の上方の位置や水平方向の幅を決定するようにすることは当業者であれば適宜なし得る設計的事項にすぎない」と判断したが,以下のとおり,誤りである。
(2) すなわち,本願明細書には,以下の記載がある。
ア 「本発明のもう一つの目的は,主に,仙骨の基部を支えることである。この目標が達成されると,支持部の提供により,筋肉の痙攣が防止されるとともに,筋肉の疲労が低減される。」(11 頁18~20 行)
イ 「仙骨支持ブロック44 は, 使用者の背の幅広の部分を横切って延長されてはいない。同様に, 仙骨支持ブロック44 は, 椅子の背部の幅広の部分を横切って延長されてはいない。むしろ, 仙骨支持ブロック44 によって, 比較的狭い帯域に沿って圧力すなわち力が集中され,これによって,比較的狭い領域に対して所望の力が別々に適用され,支持される。」(20 頁23~27行)
(3) 本願明細書の上記(2)の記載及び上記3の(2)の記載のとおり,本願発明のブロック部材44は,背骨に沿って,比較的狭い側面から側面への通路に沿って圧接状態を実現するものであって,使用者の背や椅子の背部の幅を大きく横切るものではなく,比較的狭い帯域に沿って圧力を集中し,仙骨部を支持することにより隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生じるものであり,本願発明は,このことにサポートされて「前記支持部材は・・・実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在して・・・隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」と構成されているものである。
これに対し,上記2のとおり,引用発明は,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中して隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生じるものではないから引用発明の「楕円形に膨らんだ形状」の支持部材の幅を,実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在する動機付けが存在しない。したがって,審決が「引用発明の支持部材は・・・支持されるドライバーの仙骨及び尾骨に支持部材の位置や大きさ等を合わせるようにすることは当然考慮されるべきことであるから・・・尾骨よりも幅の広い仙骨に合わせて支持部材の上方の位置や水平方向の幅を決定するようにすることは当業者であれば適宜なし得る設計的事項にすぎない」とした判断は誤りである。
5 取消事由5(相違点4についての判断の誤り)
(1) 審決は,その認定に係る本願発明と引用発明との相違点4である「本願発明では,支持部材は仙骨の残りの部分を支持し安定させ,隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるよう構成されているのに対し,引用発明では,そのように構成されているか否かが明確でない点」につき,一方では「本願発明の『仙骨の残りの部分』が仙骨のどの部分であるのかが,発明の詳細な説明を参酌しても必ずしも明確でない」とし,他方では「本願発明では・・・実質的に仙骨基線のレベルにある
『位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在』することによって『仙骨の残りの部分を支持し安定させ,隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるよう構成され』ていると考えざるをえない」とした上, 「上記相違点3についてで検討したように,引用発明に基づいて上記相違点3に係る本願発明の発明特定事項とすることは当業者であれば容易に想到し得ることであり,結果として,引用発明も実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在することとなるのであるから,引用発明に基づいて上記相違点4に係る本願発明の発明特定事項とすることは当業者であれば容易に想到し得ることであるといわざるを得ない」と判断したが,以下のとおり,誤りである。
(2) すなわち,本願発明の要旨に照らして,本願発明は,支持部材の天井部,対向側面及び前面が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより,脊椎の仙骨部を支持するとともに,支持部材が仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在しかつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在することにより, 集中力がかかる仙骨の部分だけでなく,仙骨の他の部分についても支持するものであることは明らかであるから,審決が「本願発明の『仙骨の残りの部分』が仙骨のどの部分であるのかが,発明の詳細な説明を参酌しても必ずしも明確でない」としたことは当を得ない。また,本願発明の要旨に照らすと,支持部材の天井部,対向側面及び前面が「仙」骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持することが, 隣接する関節組織の弛緩を生じさせるものであることは明らかであるところ,審決の「本願発明では・・・実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在することによって『仙骨の残りの部分を支持し安定させ,隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるよう構成され』ていると考えざるをえない」との判断は,上記の点を看過した誤りがある。
そして,上記判断を前提とした「上記相違点3についてで検討したように,引用発明に基づいて上記相違点3に係る本願発明の発明特定事項とすることは当業者であれば容易に想到し得ることであり,結果として,引用発明も実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在することとなるのであるから,引用発明に基づいて上記相違点4に係る本願発明の発明特定事項とすることは当業者であれば容易に想到し得ることであるといわざるを得ない」との判断についても同様の誤りがあるが,それのみならず,引用発明の「楕円形に膨らんだ形状」の支持部材の幅を,実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在する動機付けが存在せず,相違点3について審決がした「引用発明の支持部材は・・・支持されるドライバーの仙骨及び尾骨に支持部材の位置や大きさ等を合わせるようにすることは当然考慮されるべきことであるから・・・尾骨よりも幅の広い仙骨に合わせて支持部材の上方の位置や水平方向の幅を決定するようにすることは当業者であれば適宜なし得る設計的事項にすぎない」との判断が誤りであるのは上記4のとおりであるから,上記判は「相違点3に係る本願発明の発明特定事項とすることは当業者であれば容易に想到し得る」ことを前提とする点においても誤りである。
6 取消事由6(顕著な効果の看過)
審決は「本願発明の効果について, 全体としてみても,引用発明に基づいて当業者が予測し得る範囲内のものにすぎない」と判断したが,誤りである。
すなわち,本願発明は,支持部材の天井部,対向側面及び前面が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより脊椎の仙骨部を支持するとともに,支持部材が仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在して,仙骨の残りの部分を支持し安定させ,隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させるものであるところ,この「隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」という効果は,引用発明に記載も示唆もなく,当業者であっても予測できない顕著な効果である。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(本件補正の適否の判断の誤り)に対し
(1) 補正却下の決定が指摘したのは,特許請求の範囲の請求項1における「仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」との記載を「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」と補正した箇所である。しかるところ,補正後の請求項1のように「上方部分」と「上部分」という異なる表現が並列的に用いられた場合には,これらの「部分」は異なる場所を意味するのが通常であるから「上部分」が仙骨上の何れかの部分を意味するとしても,「上方部分」は,仙骨上ではない,それよりも上方の部分を意味すると考えるのが普通である。
他方,補正前の請求項1における「仙骨上又は仙骨に沿って」との記載には,少なくとも仙骨上ではないそれよりも上方の部分が含まれないことは明らかである。したがって,補正後の請求項1に係る「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載には,補正前の請求項1における「仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」との記載には含まれていなかった範囲が含まれることになる。そうすると,このような補正は,補正前の発明特定事項を限定することを目的としているとはいえず,請求項の削除,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的とするものでもないから特許法17条の2第4項の規定に違反するものであり, 補正却下の決定の判断に誤りはない。
(2) ところで,原告は, 上記第3の1の(2)のア~ウに摘記した本願明細書の記載に基づき,本件補正に係る特許請求の範囲の請求項1の「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載部分は「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上方部分に沿って力を集中させる」の誤記であると主張する。
しかしながら,上記摘記に係る本願明細書の記載中には「仙骨の上方の3分の1」という記載はあるものの,「仙骨の上方部分」という文言の記載はない。また, 「仙骨の上方部分」という文言が仙骨上の上方部分を意味するとしても「上方部分」に含まれる範囲は仙骨の上下方向の中間位置から上方の部分であることは明らかであるから「仙骨の上方部分」が「仙骨の上方の3分の1 」と同じ意味であるとすることはできない。さらに,上記摘記に係る本願明細書の記載中には「仙骨に沿って」という記載はあるものの,「仙骨の上方部分に沿って」という文言や「仙骨の上部分に沿って」という文言の記載もないのであるから,上記摘記に係る本願明細書の記載により「上部分」が「上方部分」の誤記であると認識することは不可能である。のみならず,補正後の請求項1に係る「上部分」との文言が「上方部分」の誤記であることが明白であるといえるためには,何人においても「上部分」が「上方部分」と同じ場所を意味するとしか認識できないものでなければならないが,上記() のとおり「上部分」と「上方部分」はそれぞれ異なる場所として認識できるのであるから,このことからも「上部分」との文言が「上方部分」の誤記であることが明白であるとはいえない。したがって,原告の上記主張は失当である。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)に対し
(1) 原告は,本願発明において,仙骨上又は仙骨に沿って付与される力の集中と隣接する関節組織の弛緩とが,本願発明の課題を達成する上で,密接不可分の関係にあると主張した上,これを前提として,引用発明における「仙骨・尾骨の支持」と本願発明における「仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させること」とでは,それぞれの技術的意義が異なるものであるとし,本願発明と引用発明とが「支持部材が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させること」で一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。
しかしながら,本願発明の要旨は,仙骨上又は仙骨に沿って付与される力の集中と隣接する関節組織の弛緩とが,密接で不可分の関係にあることを規定するものではなく,発明の詳細な説明にもそのような記載はない。したがって,原告の上記主張は,発明の要旨や明細書の記載に基づくものではなく,失当である。
(2) 引用発明は,審決が認定したとおり,ドライバーの仙骨及び尾骨を支持する仙骨及び尾骨保護用の空気枕であって,上面の位置からシート座面に向かって垂直下方に延在し,かつ水平方向に延在して構成されたものである(審決書5頁7~1 5行。そして, このような空気枕は, ドライバーの仙骨及び尾骨を支持するものであるから,仙骨に対して何らかの力が作用して仙骨に支持圧力を与えるものであること,垂直下方と水平方向に延在するものであるから,少なくとも仙骨の一部に沿って配置された面を有することは,ともに明らかである。また,引用発明は,このように,少なくとも仙骨の一部に沿って配置された面を介して,仙骨に支持圧力を与えるのであるから,仙骨に与えられた支持圧力は,仙骨上のどこかの部分に力を集中させているか,仙骨に沿ったある範囲に力を集中させているかのいずれかに該当することも明らかである。すなわち,刊行物には,引用発明が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中することにつき,直接的な記載はないとしても,実質的には,そのことが記載ないし示唆されているといえるものである。そこで,審決は,「支持部材が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させること」を, 本願発明と引用発明の一致点として認定したものであり,また,刊行物に記載のない「隣接する関節組織の弛緩」の点は相違点4として認定したものであって,上記一致点の認定に誤りはない。
(3) ところで,原告は「隣接する関節組織」につき,仙骨に直接又は間接につながる骨,軟骨,靭帯,腱,筋肉,神経等のすべてを含む組織であって,仙骨に比較的近い範囲内のものであり,主として下方背部から腰部に位置するものを意味するとした上,自動車等のシートに着座した際,仙骨は,脊椎を通じて上半身の体重の多くを受け,後方向への力を受けるのに対し,左右の腰骨は,座席の背部から反対方向の反力を受け,その結果,仙腰関節には,せん断力や曲げモーメントが作用してストレスが生ずるところ,本願発明は,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより,仙骨に隣接する関節組織が着座によって受ける力を弱め,通常の立ち姿勢においてみられる背骨形状に近い背骨形状を着座時に達成して,骨格,筋肉, 神経等に過度のストレスが生じないようにする効果を奏するものと主張する。
しかるところ,刊行物には,「シートバックに掛かるドライバーの上体の体重(垂直方向の荷重)は,脊椎だけでなく仙骨部及び尾骨部にも掛かっており,仙骨及び尾骨付近の筋力が上体の体重を下回って体重を支えきれなくなり,シートとシートバックの窪みの空間に仙骨部がはまってしまい上記の様な従来の問題が発生するが,仙骨部及び尾骨部を支持する事により仙骨部及び尾骨付近の筋力を補助し,脊椎を直立歩行の姿勢に近づけることができる。」(段落【0014】)との記載がある。そして,原告の上記主張によると,この記載に係る「仙骨及び尾骨付近の筋力」を生じさせる筋肉は「隣接する関節組織」に該当するものと認められ,また,仙骨及び尾骨付近の筋力が上体の体重を下回って体重を支えきれない状態は,隣接する関節組織にストレスが生じた状態に,仙骨部及び尾骨部を支持することにより仙骨部及び尾骨付近の筋力を補助することは,隣接する関節組織に生じたストレスを和らげ弛緩することに,脊椎を直立歩行の姿勢に近づけるということは,通常の立ち姿勢においてみられる背骨形状に近い背骨形状を着座時に達成することに,それぞれ相当するものといえる。すなわち,原告の上記主張に従えば「隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」ことは,実質的に,刊行物に記載ないし示唆されているということができる。
したがって,刊行物には,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中すること,隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させることについて記載や示唆は一切ないとする原告の主張は,失当である。
なお,原告は,刊行物の図1,4に示された第2の空気枕6の横長の楕円形に膨らんだ形状からみて,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中して,隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生じるものではないとも主張するところ,この主張は,上記各図に示された第2の空気枕(引用発明)の横幅が仙骨の幅よりも広く,仙骨のみならず仙骨の左右にある骨盤の一部も支持するものであるということを意味するものと考えられるが,刊行物のような特許(実用新案)公報の図面に図示されたものは, 設計図のように寸法等を正確に記載したものではないし,刊行物の図1,4には,比較の対象となる仙骨も図示されていないのであるから,このような図面に基づいて,第2の空気枕の横幅が仙骨の幅よりも広いということはできない。のみならず,上記第2の空気枕はドライバーの仙骨及び尾骨を支持するためのものであるから,支持する対象である仙骨及び尾骨の位置や大きさ等に合わせるようにすることは当然考慮されるべきことであり,仙骨の幅に合わせて同じ程度の幅とすることは当業者であれば適宜なし得る設計的事項にすぎないものである。したがって,原告の上記主張は,いずれにせよ失当である。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)に対し
(1) 原告は,本願発明における「天井部」,「対向側面」及び「前面」は,力を仙骨上又は仙骨に沿って集中させて仙骨部を支持することにより,隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生じるための必須の構成要件であるのに対し,引用発明は,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中して隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生ずるものではないから, 引用発明の「楕円形に膨らんだ形状」の支持部材から「天井部」,「対向側面」及び「前面」を形成する動機付けは存在しないとして,相違点2につき「本願発明において仙骨部に特定の支持圧力を加えているのは,支持部材の前面であるといえる。一方引用発明では支持部材は楕円形に膨らんだ形状となっているが,仙骨部に特定の支持圧力を加える面を有することは明らかであり,特定の支持圧力を脊椎の仙骨部に加える面を有する点では両者の支持部材に差異はないのであるから,特定の支持圧力を加える面以外の面をどのような面とするかは当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない」とした審決の判断が誤りであると主張する。
(2) しかしながら,本願明細書に「図3 に示すように,剛性仙骨支持部44には,後面54, 天井面56及び全体的に番号58が付された前面すなわち前方面が含まれる・・・重要なのは,前面すなわち前方面58 によって,仙骨領域において・・・圧接状態が実現することである。これによって,仙骨に局部的に力が加えられ,最も好適な例としては,比較的に大きな力が仙骨の仙骨基部に付加される。」(19頁7~1 6行)と記載されているとおり,本願発明において,仙骨に対して支持圧力を加えているのは支持部材の前面であって,天井部や対向側面が仙骨に対して支持圧力を加えるものでないことは,常識的に考えても明らかである。
したがって,本願発明において「前面」のみならず「天井部」や「対向側面」までもが,力を仙骨上又は仙骨に沿って集中させることにより仙骨部を支持し,隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生じるための必須の構成要件であるとする原告の主張は失当である。
他方,引用発明である仙骨及び尾骨部保護用の空気枕は,天井部,対向側面,前面等の境界が明確ではないが,ドライバーの仙骨及び尾骨を支持するものであるから,仙骨に支持圧力を加える面,すなわち本願発明の支持部材の前面に相当する面を有することは明らかであり,仙骨に支持圧力を加える面以外の面が,天井部や対向側面として明確に区別できることと仙骨に支持圧力を加えることとは直接関係のないことであるから,そのような支持圧力を加えることに関係のない面をどのような面とするかは当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎないというべきである。さらに,上記2の(3)のとおり,刊行物には「隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」ことが,実質的に記載ないし示唆されているといえるから,引用発明は,仙骨上又は仙骨に沿って力を集中して隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生ずるものではないとする原告の主張も失当である。
したがって,審決の相違点2についての判断に誤りはない。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)に対し
(1) 原告は,本願発明は「支持部材は・・・実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在して・・・隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」と構成されているのに対し,引用発明は,隣接する関節組織の椅子に対する弛緩を生じるものではないから,引用発明の「楕円形に膨らんだ形状」の支持部材の幅を,実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在する動機付けが存在しないとして,相違点3につき「引用発明の支持部材は・・・支持されるドライバーの仙骨及び尾骨に支持部材の位置や大きさ等を合わせるようにすることは当然考慮されるべきことであるから・・・尾骨よりも幅の広い仙骨に合わせて支持部材の上方の位置や水平方向の幅を決定するようにすることは当業者であれば適宜なし得る設計的事項にすぎない」とした審決の判断が誤りであると主張する。
(2) しかるところ,本願発明の相違点3 に係る構成は「前記支持部材は,実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在して」いることであるが,本件特許出願に係る図1(甲第1号証)に示されているとおり,仙骨基線26は,仙骨22の上端部のことであるから,本願発明の上記構成は,実質的に,本願発明の支持部材が仙骨の形状に合わせた大きさとなっていることを規定しているにすぎない。他方,引用発明である仙骨及び尾骨部保護用の空気枕は,ドライバーの仙骨及び尾骨を支持するためのものであるから,支持する対象である仙骨及び尾骨の位置や大きさ等に合わせるようにすることは当然考慮されるべきことであり,実質的に仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在するようにすることは,当業者であれば格別困難なくなし得ることである。そして,実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在するようにしたものは,使用者の背や椅子の背部の幅を大きく横切るものではないことは明らかであり,かつ,上記2の()のとおり,刊行物には「隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」ことが,実質的に記載ないし示唆されているということができる。
したがって,上記(1)の原告の主張は失当であり,審決の相違点3についての判断に誤りはない。
5 取消事由5(相違点4についての判断の誤り)について
審決の相違点4についての判断が誤りであるとする原告の主張は,審決の相違点3についての判断が誤りであることを前提とするものであるところ,上記4のとおり,審決の相違点3についての判断には誤りがないから,原告の上記主張は,その前提を欠き,理由がない。なお,審決が,相違点4についての判断において「本願発明の『仙骨の残りの部分』が仙骨のどの部分であるのかが,発明の詳細な説明を参酌しても必ずしも明確でない」と説示したことに対し,原告は,本願発明は,支持部材の天井部,対向側面及び前面が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させることにより,脊椎の仙骨部を支持すると共に,支持部材が仙骨基線のレベルにある位置から座部に向かって垂直下方に延在し,かつ実質的に仙骨部の幅だけ水平方向に延在することにより,集中力がかかる仙骨の部分だけでなく,仙骨の他の部分についても支持するものであることは明らかであるから,上記審決の説示は当を得ないと主張する。しかしながら,仮に,本願発明の要旨の「仙骨の残りの部分」が,原告主張のとおり,集中力がかかる部分以外の他の仙骨の部分を意味するとしても,隣接する関節組織の弛緩は,仙骨の部分に集中力がかかることによるものであることは明らかであり,かつ, 上記2の(3)のとおり,刊行物には「隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」ことが,実質的に記載ないし示唆されているのであって,このような集中力がかかる部分以外の残りの仙骨の部分の支持をどのように行うかは単なる設計的事項にすぎない。したがって,「仙骨の残りの部分」が原告主張の部分を意味するとしても, 審決の結論に影響を及ぼすものではない。
6 取消事由6(顕著な効果の看過)に対し
原告は,本願発明の「隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」という効果は,引用発明に記載も示唆もなく,当業者であっても予測できない顕著な効果であるとして「本願発明の効果について, 全体としてみても,引用発明に基づいて当業者が予測し得る範囲内のものにすぎない」との審決の判断が誤りであると主張するが,上記2の()のとおり,刊行物には「隣接する関節組織を椅子に対して弛緩させる」ことが,実質的に記載ないし示唆されているのであるから,原告の主張は失当であり,審決の上記判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正の適否の判断の誤り)について
(1) 本件補正は,特許請求の範囲の請求項1について,補正前の「それら(判決注:支持部材に属する「天井部,対向側面及び前面) が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」との記載を「それら(判決注:上記補正前の記載と同じ)が骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載にする補正を含むものである。
しかるところ,審決は,上記部分の補正につき「支持部材により力を集中させる対象として,仙骨の『上方部分』と『上部分』が並列的に記載されているのであるから『上部分』が仙骨上の何れかの部分を意味するとしても『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえず,また,『上部分』が仙骨の上下方向の中央よりも上の部分を意味するとしても『上方部分』がそれと同じ部分を意味すると考えるのは不自然であるから,やはり『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえない」と判断した。
すなわち,審決は「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上」との記載を,骨盤内の腰骨稜間にあり,かつ,仙骨上ではない仙骨よりも上方の部分(例として,骨盤内の腰骨稜間に存在する腰椎脊椎骨を挙げている)を意味するものと捉え,このことを前提として,本件補正が,特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当せず,かつ,その余の補正の目的に当たるものでもないと判断したものである。
(2)そこで,検討するに,一般に「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分という意味で普通に用いられることは確かである。しかし「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨そのものの一部であって,その上下方向の中央より上の部分という意味で用いられることも頻繁にあり,上記「仙骨の上方部分」との文言のみでは,そのいずれを意味するのか,一義的に明らかではないといわざるを得ない。
もっとも,この点につき,審決は,上記部分の補正において「上方部分」との文言と「上部分」との文言が並列的に記載されており,このうち「上部分」との文言が「仙骨上の何れかの部分」ないし「仙骨の上下方向の中央よりも上の部分」を意味するとすれば「上方部分」との文言が同じ部分を意味するのは不自然であるとして,このことを「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分であると解する根拠としている。
しかしながら,上記部分の補正に係る「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載は「上方部分」に付加された「上」との文言と「上部分」に付加された「に沿って」との文言とが対応して用いられていると考えられるから「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分『上に力を集中させる』又は『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上部分に沿って力を集中させる』」という趣旨であると考えることができ,そうであれば,「上方部分」及び「上部分」が,それ自体は同じ部分(仙骨そのものの一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)を意味するとしても,力を集中させる対象である部位としては,前者は,仙骨自体を,後者は,仙骨の近傍をそれぞれ意味するものと理解することができるから,上記両表現が意味するところは異なることとなって,格別不自然ということはできない(なお,原告は「上部分」が「上方部分」の誤記であると主張するところ,そうであれば,このことはより明確であるが,仮に,「上部分」が「上方部分」の誤記であるとは認められないとしても,上記のように考えることの妨げとはならない。
したがって「上部分」との文言が「仙骨上の何れかの部分」ないし「仙骨の上下方向の中央よりも上の部分」を意味するとすれば「上方部分」との文言が同じ部分を意味するのは不自然であるとして「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分であるとする審決の判断は,直ちに是認できるものではない。
(3) そこで,発明の詳細な説明の記載を参酌するに,本件特許出願に係る公表特許公報(甲第1号証。なお,平成16年3月16日付け手続補正(甲第4号証)及び本件補正(甲第2号証)ともに,発明の詳細な説明の部分に係る補正はない)によれば,発明の詳細な説明には,本願発明の支持部材が力を及ぼす作用に関連して,以下の各記載がある。
ア「本発明は,特定の仙骨圧を創造することによって所望の姿勢位置を確立する背骨支持システムにおける改良,及び,全体的な骨盤の安定を目的とした, 仙骨,腸骨の稜を含む骨盤及び神経・筋肉支持システムの支持部を適切に位置決めすることのできる装置に関する。」( 6頁5~8行)
イ「本発明の重要な目的の一つは,通常の立ち姿勢にある場合と類似の形状に背骨の脊柱前わんを支持することにあるとともに, その人が着座した際に,この支持部を提供することにある。本発明のもう一つの目的は, 主に, 仙骨の基部を支えることである。この目標が達成されると, 支持部の提供により, 筋肉の痙攣が防止されるとともに, 筋肉の疲労が低減される。ブリッジャによる米国特許第3,740,09 6号において,使用者の体重が, 背骨のディスク及び脊椎骨に均一に分配されたならば, 関連して相反する筋肉グループ及び靭帯間に機械的なバランスが創造され, 背骨の異常な緊張が低減されうることが認められている。一方, マロウによる米国特許第4,489,982 号及びダンによる米国特許第5,114,209 号において, 着座した際の姿勢の矯正の重要性が認められ, 背の幅方向を完全に賄うことのできる背面支持部または腰椎支持部を使用すべきことが示唆されている。彼らのいずれもが, 曲部圧力( 判決注:「局部圧力」の誤記と認められる。), 特に, 仙骨の基部領域への曲部圧力( 判決注: 前同様の誤記と認められる) の重要性について認識していないとともに, これを好ましい事とさえも捉えていない。」(11頁16 ~末行)
ウ「本発明は,通常の立ち姿勢において見られる背骨形状に類似の着座の際の背骨の形状を達成するための,背骨の腰椎の脊柱前わんを支持する方法及び装置に関する。これは,部分的には,しっかりと着座している人の骨盤を, 着座中に良好な背骨姿勢を維持するための位置に配置することによって達成される。第1 に, 仙骨それ自体は,仙骨をその背面に沿って配置させることによって, 適切に位置決めされなければならない。これは,仙骨の背面,特に仙骨の上方3 分の1 の領域, すなわち仙骨の基部にわたって直接圧力を加えることによってなされる。」(13 頁15~21 行)
エ「本発明においては,仙骨の基部への特定の圧力を調整することが可能であり, その領域において,平方インチ当たりの圧力を変化させることができる。すなわち, 仙骨の基部に加えられる特定の圧力の強さを変化させることが可能であり, これによって, 後面から前面へ向かう方向への仙骨の支持または移動,あるいはこれらの両方を達成することができる。」(1 3頁下から2行~14 頁4行)
オ「本発明にかかる装置には,原理的には,ブロック部材44が含まれる。このブロック部材44は支持部材として機能し, 局部的な力または圧力を仙骨及び最も直接的には仙骨基部に付加することができる。」(16頁10行~12行)
カ「ブロック部材44を使用することによって得られる好適な効果は,近接する柔軟組織に影響を与えるような圧力を加えることなしに, 仙骨に対して充分な力または圧力を与えることができることであり,さらに,骨盤の回動の際に所望の制御を得ることである。」(16頁下から5~2行)
キ「重要なのは,前面すなわち前方面58によって,仙骨領域において,具体的にはその後方面に沿って, 背骨に沿ったブロック部材44 は,比較的狭い側面から側面への通路に沿って圧接状態が実現することである。これによって,仙骨に局部的に力が加えられ, 最も好適な例としては, 比例的に大きな力が仙骨の仙骨基部に付加される。前方面が充分に延長された曲部を有している場合には, 膨出部を組み込むことができ, より緩やかな曲部の場合には, その表面が底部においてまだ外側に延長するため, 仙骨全体が支持される曲部( 判決注:「局部」の誤記と認められる) 全体の範囲内においては, 支持力がまだ仙骨基部に集中しているであろう。前面58 の上部60 にはより多くの斜面すなわち傾斜部が存在するため, 所望の下部仙骨圧力が膨出部62から生ずる。」(19頁12~21行)
ク「ブロック部材44は,局部的に圧力,すなわち所望の支持及び補正力を直接仙骨に付加するため,剛性構造として設計されている。最も好適な実施例においては,この力は仙骨の上方3分の1,すなわち仙骨基部に集中する。種々の実施例のそれぞれにおいては,しかし,特定の圧力すなわち力を仙骨上にまた仙骨に沿って集中させるように,すなわち, 背部すなわち後方部の他の部材との関連で, 特に背骨柱に近接する組織との関連で狭い通路に沿って特定の力を集中させるように,ブロック部材44が力を付加するように設計されている。」(19頁下から5行~20頁2行)
ケ「図1 において,ブロック44 が座部の好適位置にあり,使用者が椅子の背部にもたれたときに, 上面56 は略々仙骨基線26 に位置する。ブロック部材44は, その位置から下方向に座部12の頂部まで延び, 前面58 は徐々に,頂部から底部に向かって, 前方へ曲がり延びている。これによって, それ自体背部14 から離れて前方へ曲がる仙骨に対して,連続的に,徐々に前方に向かって増加する圧力を加えることができる。」(21頁末行~22頁6行)
(4) 上記(3)の各記載によれば,発明の詳細な説明においては,本願発明は,特定の仙骨圧を創造することによって所望の姿勢位置を確立する背骨支持システムであり,本願発明の支持部材ないしブロック部材44は,仙骨に対し,とりわけ仙骨の上方3分の1の領域である仙骨基部に対し,圧力を加えるものとされており,また,上記( )のクには, 当該圧力を仙骨上に, 又は仙骨に沿って,集中させるようにすることも記載されている。これに対し,仙骨そのものではなく,仙骨よりも上方に存在する他の部位に圧力を加える旨の記載は,発明の詳細な説明中に,見当たらない。
そうすると,かかる発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,請求項1についての上記(2)の部分の補正に係る「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は
上部分に沿って力を集中させる」との記載は「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方領域(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)に力を集中させる』又は『それらが骨盤内の腰骨稜間の上記仙骨の上方領域に沿って力を集中させる」という趣旨であるものと,すなわち「仙骨の上方部分」も仙骨の「上部分」も,ともに仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分を意味するものと理解されることは明らかである。
他方,上記部分の補正に係る補正前の記載は「それらが仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」というものであり,この記載も同様に「それらが仙骨上に力を『集中させる』又は『それらが仙骨に沿って力を集中させる」との趣旨であると』考えることができるから,補正後の記載は,力を集中させる部位を「仙骨上」から「仙骨の上方部分(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)上」に,又は「仙骨に沿った」部位から「仙骨の上部分(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)に沿った」部位に,それぞれ限定したものであり,したがって,この部分の補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものというべきである。
そうすると,審決が,上記「上方部分」が,仙骨上ではない,それよりも上方の部分を意味すると解し,これを前提として,本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しないと判断したことは,誤りであって,本件補正は,審決,の示した理由によってはこれを却下することはできないものといわざるを得ない。
2 結論
以上によれば,本件補正を却下し,本件特許出願に係る請求項1記載の発明の要旨を,本件補正前の請求項1の記載に基づいて認定した審決には,その結論に影響を及ぼすべき誤りがあるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,取消しを免れない。